93

好きなことで生きていけたら、どんなにいいだろうと夢見ているのは、私だけではないとは思いますが、
その理由が、好きなことへの情熱ではなくて、好きではないこと、好きなこと以外への諦念であるという人間は、その一部だと思います。
当然、そのような消極的な理由では動機付けとして弱いため、実際に持続的な行動(努力と呼ばれる程の)に結びつきません。

常套手段として、好きなことに関係のある分野で、仕事としてのニーズがあるものに取り組む、という生き方がありますが、
これも、「やりたいこと」があるよりも、「やりたくないこと」が多すぎる人間にとっては難しい。

手がかりは、「やりたい」にも「やりたくない」にも、何らかの理由があることで、その理由を、別な形で満たす。あるいは回避するということを考えていくことが、可能であることです。

私は、とにかく他人と一緒にいるとか、他人と仕事をするということに、身の毛もよだつような拒否感があります。
であれば、在宅業務が選択肢になるでしょう。

私の生きづらさには、オリジナリティがありません。ということは、同じ問題を抱えている人への救済措置があるかもしれないということです。

次の問題は、どうすれば生計を維持できるだけの収入を得ることができるか。というものになりますが、これについては、どうやって知識を得て、技術を向上させていくか。勉強し続けるにはどういう仕組みが必要か。という問いとして考えていきたいと思います。